レースや競馬場のことなど競馬についてブログつぶやいています。

一番重要な枠順は外枠

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馬券の検討材料となる

中央競馬で活躍する騎手はその殆どが競馬学校の出身者で占められています。
競馬学校を卒業する騎手の卵たちは、卒業後の就職先として関東か関西にあるいずれかの厩舎に所属することになるのです。
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騎手免許について

日本での免許制…日本では騎手免許が必要で、中央競馬と地方競馬がそれぞれ別に免許を交付している。
中央競馬は日本中央競馬会(JRA)が、地方競馬は地方競馬全国協会(NAR)がそれぞれ発行。
いずれも有効期限は1年間で、続けて騎乗する場合には1年毎に試験を受け免許を更新する必要がある。
なお、現行の制度では調教師免許等と同時に取得することはできない。
中央競馬では平地競走と障害競走でそれぞれ免許を交付。
地方競馬も平地競走とばんえい競走でそれぞれ別の免許を交付している。
免許更新は中央が3月1日、地方は4月1日付。
中央競馬の騎手免許では、2009年までは競馬学校出身者、地方競馬全国協会の騎手免許を受けている者であって『本会の定めた基準』に該当する者、それ以外で分けられていたが、2010年以降は競馬学校出身者、地方競馬全国協会の騎手免許を受けている者、それ以外の3種類に変更された。
短期騎手免許…指定競走・交流競走・特別指定交流競走で騎手免許がない競走に騎乗する場合には、試験なく「その競走に限定した騎手免許」が交付される。
日本国外の競馬で騎乗している騎手に対しては、日本国内の調教師・馬主を引受人として臨時に行われる試験に合格した上で、1ヶ月単位の短期免許を1年の間に3ヶ月間まで交付する。
詳しくは短期免許の項目に譲る。

競馬用語ではアンチャン

中央競馬の見習騎手…日本の中央競馬においては、騎手免許取得3年未満で通算勝利数100回以下の騎手のことを指す。競馬用語ではアンチャンとも言われる。
若手騎手と呼ぶ場合は見習騎手以外の騎手をも含む場合が多い。
現在の減量制度と騎乗制限…現在、中央競馬における見習騎手の減量制度はハンデキャップ競走と特別競走(重賞競走も含まれる)を除く一般競走に適用される。
減量制度は騎手免許取得3年目までなので、3年を過ぎると勝利度数に関わらず減量の特典は無くなる。
デビューから3年の間はこの減量を活かして成績を残す騎手もいる。
そういった騎手は減量が無くなっても将来的には騎乗依頼も多くなる。
逆に減量の特典がある間に成績を残せなかった場合は、減量が無くなった場合に騎乗依頼が少なくなる。
実際に減量があるので見習騎手を起用するといった関係者は多い。
減量制度を適用している見習騎手についてはJRA発行のレーシングプログラム、競馬新聞、スポーツ新聞等に掲載される出走表に以下のような▲、△、☆の印で減量されていることを表している。
・印 減量 条件
☆ 1kg 51勝以上100勝以下
△ 2kg 31勝以上50勝以下
▲ 3kg 30勝以下
特別競走などに騎乗した場合は見習騎手も減量制度が適用されないので、以下の印は記されない。

騎手のサポート

騎手をサポートする仕事…騎手は個人事業主であり、本来は騎手の仕事を1人で全てこなさなければならないが、騎手にはしなければならない仕事が増加してきており、1人でこなすのは困難となりつつある。
そこで騎手の仕事を一部分担する仕事が登場してきている。
バレット…バレット(valet)とは、レース開催時において騎乗時に使用する道具の準備・斤量の調節など、いわゆる補佐として騎手のために雑務をこなす存在である。
バレットは競馬場内では青いビブスを身に付けている。
このバレット制度は世界各国では一般的な制度である。
アメリカ合衆国ではジョッキールームに騎手が腰かけた途端にバレットが担当騎手のブーツを即座に脱がしたり道具の整理および清掃などを行ったりすることもある。
日本では武豊が国外に遠征した際にバレットの存在を目にし、導入の必要性を感じたため、武は日本騎手クラブを通してJRAに要請し、その結果、2000年前後頃に公式に日本の中央競馬でもバレット制度が導入された。
その中央競馬においては、バレットは法的には騎手個人に雇用されるという形態をとっており、JRAは面接やバレットの適性試験以外はほとんど関与していない(面接は裁決委員が行う)。
そのため、バレットには適性試験や面接に合格さえすれば、基本的には性別、経歴、年齢を問わず無資格でなることができる。

国際格付け

日本は長年の間パート2国で国際セリ名簿作成基準書には中央競馬のオープン競走とダートグレード競走の全競走が記載され、中央競馬の格付けとダートグレード競走の格付け(この2つは後述する)をグレードとして記載されていた。
パート1に記載された一部の競走を除き、大半の競走はICSCが定める作成基準ではセリ名簿に記載できないグレードとなっていた。
中央競馬では国際競走を増やすなど、パート1入りを目指した努力を行ってきた。
その結果、2007年度の番組にてICSCが定めるパート1国昇格条件を満たしたため2006年に次年度からのパート1国への昇格が決まった。
これに伴い、2007年度からは59の重賞競走(既に格付けを得られている13競走を含む)に国際格付けが与えられた。
また2007年当時は2歳、3歳限定競走については東京優駿(日本ダービー)なども含めて国際競走とはしてなかったため国際格付けも得られなかった。
2009年に日本グレード格付け管理委員会が発足し、委員会がグレードを定めることとなった。
また2年間競走実績のない新設の重賞競走(前身となるオープン競走がある場合は除く)には格付けを与えないこととなった。
中央競馬の平地競走の全重賞競走を2009年と2010年の2年にかけて国際競走としたため、2010年からは格付けのない競走を除き全てが国際格付けを得られることとなった。

現代への進化

草原に生活の場を移し、走る事に特化した身体になってきた現在の馬に近い形に進化してきた時期から更に歴史をたどっていくとウマの仲間は、更新世の氷河期にベーリング海を渡り、ユーラシア大陸やアフリカ大陸に到達し、現在のウマであるエクウス(ウマ属)に分化したとされています。
南北アメリカ大陸に残ったウマ科の動物は、氷河期に絶滅してしまったとされ、ミオヒップスやメリキップスからも多様な種分化が起こり、ウマ類は一時、大きな発展を示したが、系統の大半はすでに絶滅し、現存する子孫が、ウマ、シマウマ、ロバの仲間のみとなっている現状は、反芻類の繁栄と対照的である。
ウマ類は反芻類に比べ、植物を消化してタンパク質に再構成する能力が劣っているため、反芻類に駆逐されたものと考えられているが、ウマは高い運動能力を獲得することで生き残る事が出来たようです。
生のウマはほとんど絶滅に近いとされ、内部で燃料を燃焼させて動力を取り出す機械である内燃機関が発明されるまでの長い間、人類にとって最も一般的な陸上の移動・運搬手段となることで、家畜動物として繁栄した。
一般的に走るために生まれたとされるサラブレッドについてですが、ウマの分類に関してはいくつかの方法があり、どの分類方法も曖昧さをはらんでいるといわれています。

用語集

・用語集
フリーハンデ。
ハンデ競走にハンデをつけるのとは異なり一年を通じて競走馬を重量に格付けするもの。
JRA日本中央競馬会ではエクスペリメンタル・フリーハンデキャップとして1962年から格付けされるようになった。
インターナショナルクラシフィケーション。
国際間で取り決めた格付け(レーティング)。
この呼び方は、凱旋門賞の舞台裏で開催されたパリ会議で、「クラシフィケーション (classification) 」という言葉は、今後、世界の有力馬の格付けの公式格付表から姿を消すことが決定された。
レーティング、レイティング。
評価、格付けの意味で欧州諸国で使われ、日本のフリーハンデと同義語。
アローワンス(アローアンス、アラウアンス)
「許可」の意味だが、競馬では、年齢性別出生地に応じて許される重量のことをいう。
有馬記念(G1)では4歳以上57kgに対して3歳2kg減、牝馬2kg減などのアローワンスがある。
ポンド表記。
1ポンド=0.453592kg、マイル1馬身=2ポンド (0.914383kg) のレーティング差は万国共通。日本国内では、フリーハンデとしてレーティングを作成してきたが、1994年に国際クラシフィケーション参加後フリーハンデとクラシフィケーションの斤量表記に誤差が生じてしまうため、別のものとして捉えられるようになった。

国際セリ名簿作成基準書

国際セリ名簿作成基準書は毎年発行されており作成基準では競走が施行された年の国際セリ名簿作成基準書に従って記載しなければならないとされ、後の年でパートの変更およびグレードの変更が行われてもその前の年の競走には反映されない。
たとえば、2001年にステイゴールドが勝利をしたドバイシーマクラシックは2001年の国際セリ名簿作成基準書にはパート1の部にグレード2で記載されているが翌年よりグレード1となった。
しかしセリ名簿上、ステイゴールドが勝利をしたドバイシーマクラシックはグレード2と記載される(ステイゴールドは他にグレード1の香港ヴァーズに勝利している)。
また障害競走は国に関係なくグレード制と呼称し、パート4に記載している。
2007年現在、パート1の国はアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、フランス、ドイツ、イギリス、アイルランド、イタリア、日本、ニュージーランド、ペルー、南アフリカ共和国、アラブ首長国連邦、アメリカ合衆国であり、これらの国の各グループ・グレードはICSCに従ったせり名簿に記載できる。
またパート2の国(地域)の香港(中華人民共和国)、スカンジナビア諸国(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン)、シンガポールの一部重賞がパート1に掲載されており、これらもパート1の国のグレード・グループと同様にせり名簿に記載できる。

中央競馬の見習騎手の歴史

JRAの内規により平場・障害の各競走問わず通算勝利数が31勝に満たない騎手はGI、JpnI競走に騎乗することができない(J・GI競走は除く)。
中央競馬の見習騎手の歴史…1980年代以前は単に騎手免許取得3年未満の騎手のことを見習騎手と呼んでいた。
2kg・3kg減には勝利数の上限が存在したが1kg減に関しては勝利数の上限が存在せず、騎手免許取得3年未満であればどれだけ勝利していても1kg減の恩恵を受けることができた。
また競走面でも1980年代前半まではオープンクラスの一般競走(いわゆる「平場オープン」)もあったため、一線級の馬が出走する際の斤量を減らすために見習騎手で挑むこともよく行われた。
しかし1980年代後半に入り武豊を始めとする当時の若手の騎手がデビュー直後から数多くの勝利を挙げるようになり、特に武は2年目より関西リーディング首位になるなどリーディングジョッキーが重量の恩恵を受ける状態となり「ベテラン騎手以上の勝利数を挙げている騎手に減量の恩恵を与えるのは制度の趣旨に反する」などの意見が高まり、1994年に制度が改正され、現在のように1kg減に関しても勝利数の上限が設けられるに至っている。
2004年には勝利度数の規定が変更され▲が「20勝以下」→「30勝以下」、△が「21〜30勝」→「31〜50勝」、☆が「31〜100勝」→「51〜100勝」となっている。